データサイエンスの授業でコンビニの商品企画!?生徒達を夢中にさせる情報科教員 伊藤先生の実践

取材者プロフィール
伊藤 大貴
伊藤 大貴いとう だいきさん
学校名
大分県立大分舞鶴高等学校

令和4年度に『情報Ⅰ』の科目が必修となったことは、教育関係者のみならず話題となりました。今回は大分県の高校の情報科教員で、29才という若さながら、自作のシステムを活用した授業により注目を集める伊藤大貴先生にお話を伺いました。「どのような授業をしているのか?」「教育と日本の未来のために情報の授業ができることとは何か?」について幅広くお話を聞かせてくださいました。

教師になって5年目。伊藤先生の自己紹介

最初に自己紹介をお願いします。

伊藤先生:大分県立大分舞鶴高等学校で情報(探究)の担当をしています。伊藤大貴です。教師となって今年で5年目です。

大分県立大分舞鶴高等学校は文部科学省からSSH(スーパーサイエンスハイスクール)の指定を受けていて、先進的な理数教育の実践や、大学や企業との共同研究がやりやすい環境にあります。選択肢が多い環境の中、どうすればより良い探究を届けられるのか模索しながら授業を構築しています。

具体的な業務としては、まずは教科担当ですね。探究に使うための実践的なデータ分析とプログラミングについて学ぶ『データサイエンス』、マーケティング的な視点で国際的な課題を探究する『SSH国際情報』、STEAMの視点から探究の基礎的な技法を習得する『舞STEAMs』、「SSH探究(普通科)」、「科学探究(理数科)」この5つの科目を教えています。

その他では学校のICTを進める担当でもあるので、コードを組みプログラムを作って先生方の仕事を楽にしたり、これまでできなかったことをできるようにしたりするお手伝いもしています。

楽しそうにお話を聞かせてくれる伊藤先生

楽しそうにお話を聞かせてくれる伊藤先生

文系専攻からの情報科教員という経緯

情報科の教員を目指した理由と、なるまでの経緯をお聞かせください。

伊藤先生:教員を目指したきっかけとしては、高校でヨット部に入っていた経験が大きいですね。ヨットの操縦というのは様々な理論の理解が必要なのですが、ある時、一緒に乗っていた後輩から「伊藤先輩と一緒だとわかりやすく教えてくれるから楽しい」と言ってもらえたのです。その時に初めて、教える楽しさややりがいを感じました。また、顧問の先生の生き方や考え方に強く影響を受けたため、教員になろうと思いました。

高校時代からパソコンにはまっていたので、情報科を選択したのは自然な流れでした。でも、実は高校では文系の専攻でした。情報科の教員は理系の出身がほとんどなので珍しがられますね。その後、大分大学の教育福祉科学部 情報社会文化課程 情報教育コースに進み、パソコンでシステムを開発することに熱中しました。この技術は理系だとか文系だとか関係なく、これからの世の中を生き抜くために必要なことだと感じ、その後、大学院を卒業して高校の情報科の教員となったという流れです。

伊藤先生が勤務する大分県立大分舞鶴高等学校

伊藤先生が勤務する大分県立大分舞鶴高等学校

コンビニのデータ分析をして商品企画。情報科で行われる意外な授業

情報科の授業ではどのようなことをしているのでしょうか?

伊藤先生:まずはデータサイエンスの授業について話してみましょうか。データサイエンスを簡単に言うならば、データを分析しそこから役にたつ知識を取り出し、意思決定を行う学問です。数学や統計学、機械学習、プログラミングなどの様々な理論や手法がベースになっています。

最近だと、コンビニのデータを分析して新しい商品を開発するという授業をしました。コンビニのレジで収集できるデータをエクセルで分析し傾向を把握します。その後、「なぜ?どうして?」と問いを繰り返してニーズを発掘し、サービスを最適化したり、新たな商品企画を行ったりする進行です。

この授業は特に生徒達の反応が良かったですね。説明を聞く間も惜しんで「早く分析したい」「データ触りたい」という反応がうれしかったです。

最近では、AIを使ったデータサイエンスも取り入れています。私が作ったプログラ ムにデータをアップすると、AI予測モデルを構築し、複雑な事象から特徴点を抽出してくれるシステムを開発したのですが、それを使って様々なデータを分析をします。データが大きすぎると何を調べていいかがわからなくなるものですが、AIの力を借りれば出力された情報を元に、生徒達が新たな価値を発見していくことができます。

伊藤先生の授業のワンシーン

伊藤先生の授業のワンシーン

パソコン、タブレット、プリント。同時に使うことで、授業をより効果的に

情報の授業はパソコン室で行うことが多いですよね。1人1台のパソコンが並んでいる状況かと思うのですが、そんな状況でも学習者用タブレット端末やプリントは並行して使用するのでしょうか?

伊藤先生:パソコン室でも、パソコンだけでなく、プリント、タブレット、全て使っていて、それぞれ役割が違っています。まずタブレットはマニュアルの確認によく使います。パソコンの作業が苦手な生徒に対応できるようあらゆるマニュアルを動画で作っているのですが、そのマニュアルをタブレットで確認しながらパソコンを触れる状況を作っています。

パソコンは、プログラミング、データサイエンス、ウェブアプリにかかわる実践の場ですね。紙は何に使用しているのかというと、作業が切り替わっても変わることのない大切なこと、覚えておいてほしいことなどを記載しています。

パソコンだけでなく、タブレット、プリントを同時に使用している

パソコンだけでなく、タブレット、プリントを同時に使用している

知識よりもコンピュータを恐れない心こそが大切

高校での情報の授業の学びをより良いものとするために、中学校を卒業するまでに身につけておいてほしいことはありますか?

伊藤先生:技術や知識というよりも、コンピュータを恐れない心が一番大事です。データサイエンスもプログラミングも失敗してやり直すということが当たり前なのです。試行錯誤を繰り返した後に、いい結果が生まれます。うまく行かないことや不明点があって当然なので「わからない」と立ち止まるのではなく、まずは、やってみるという経験を繰り返してもらいたいですね。

学会発表や教員向けの研修を行い、実践を広めている

伊藤先生はプログラム開発やこれまでになかった授業の構築など様々な実践をされています。それらは他の先生方にとっても学ぶ価値があるものだと感じますが、広めるための工夫は何かされていますか?

伊藤先生:広めること、普及することこそが大事だと思っています。私が作ったプログラムや授業の手法を実践して、私の中だけで、「ああ!いい授業ができた」と自己満足している状況は返ってよくない。そこで、学会での発表を年に1回〜2回行ったり、教員向けの研修をしたりしています。

他の先生とのコミュニケーションも大切にしている

他の先生とのコミュニケーションも大切にしている

ICTの魅力を伝えられる教員が日本の未来のためにも絶対に必要

プログラミング教育や情報の授業が必修化されたこともあり、情報科の教員という職業に興味を持つ学生も増えていくのではないかと思います。情報科の教員を目指そうとする学生に伝えたいことはありますか?

伊藤先生:日本の教員のコンピュータスキルの低さが課題としてあげられていますが、実際にICT関係で苦手意識を持たれている先生は全国的にもまだまだいらっしゃると思います。でも、世界の状況や日本の未来について考えると、「ICTは役に立つものなのですよ。このように使えますよ!」ということを生徒達に伝えられる先生が絶対に必要だと思うのです。私は日本の未来をなんとかしたいという使命感を持って、情報の授業に取り組んでいます。

実際、生徒達は目をキラキラさせながらデータサイエンスの授業に参加していますし、プログラミングを単純にかっこいいものとして捉えてくれています。だからこそ、教育の現場で楽しくそれらを活用するスキルを伝えていく情報科の教員の存在は重要だと思います。

コンピュータスキルの向上に必要なのは技術よりも心構え

先ほど教員のコンピュータスキルについて触れられていましたが、先生方がご自身のICT活用指導力を高めていくために大切なことはなんだと思われますか?

伊藤先生:まず1つ目は『ICTを活用すると、より良い授業ができるかも』とワクワクする心です。これまでのやり方を変えるには当然困難が伴います。そんな中でも先生方を動かすのは、その先の希望を思い浮かべることだと私は思うのです。ただ「タブレットを活用しましょう、このツールを使いましょう。」と言うだけでなく「そうすれば生徒たちが喜ぶ、こんな面白い授業ができますよ。」と具体例を伝えていくことが大切だと思います。

2つ目は、わからない状況を恐れない心構えですね。これまでの学習は正解が明確な傾向にありましたが、パソコンやプログラミングの世界ってそうではなく、答えを自分で発見していくのが前提なのです。トラブルがあった時も、自分で調べる行為自体を楽しめるようになることが大事です。検索すればどこかに答えやヒントはあるので、それを発掘する楽しさを知って欲しいですね。

授業中、生徒達に語りかける伊藤先生

授業中、生徒達に語りかける伊藤先生

生徒達が筆箱からペンを取り出して使うようにテクノロジーを使うような授業を作っていきたい

今後、挑戦していきたいことはありますか?

伊藤先生:生徒達がAIをもっと柔軟に駆使して、問題に対応していけるようにしていきたいですね。筆箱からペンを取り出して使うように、AIやテクノロジーを使っていくような授業実践、教育方法の開発に取り組んでいきたいです。

そのためには知識や技術を教えるだけでなく、そこに楽しさが必要だし、問題解決に使えるのだという実感も重要です。

情報という言葉は『情けに、報いる』という読み方をすることができます。「情報」という言葉は、森鴎外が「戦争論」を翻訳する際に、生み出したといわれています。私は、この「情報」という言葉がとても好きなのです。人のために思いに答えるという、この情報本来の意味を伝えていきたいし、体感していって欲しいですね。

『情けに、報いる』という情報本来の意味を体現していきたいと語る伊藤先生

『情けに、報いる』という情報本来の意味を体現していきたいと語る伊藤先生

お話を伺って

情報の教員として、生徒に学んでほしいこと、身につけてほしいことをしっかりと意識しながら授業作りをしている伊藤先生。『大学受験に必要だから』『必須だから』という理由ではなく、伊藤先生の授業はこれからの世の中を生き抜くために必要なスキルや心構えが詰まった魅力的なものだと感じました。

生徒達はデータサイエンスの授業にキラキラとした目で取り組んでいるという話が特に印象的でした。世の中をより楽しく、より快適にするものとしてAIやテクノロジーを捉えている伊藤先生の価値観が生徒達にも伝わっているのだと思いました。伊藤先生の実践、そして大分県での情報科の授業の今後をもっと知りたくなるお話でした。