生徒本来の姿を引き出すためのICT活用
- 学校名
- 大分県立盲学校
学校教育現場にICT(情報通信技術)がどんどん普及する中で、大分県立盲学校でも様々な工夫を凝らしたICT活用授業が実施されています。堀先生は弱視の生徒にICTを活用することの面白さを伝えることや、一人一人の個性を引き出すことを大切にしながら授業を進めています。そんな堀先生が実際どのようにICTを活用しているのか、そして今後学校教育全体でどのようにICTを使って欲しいかなどのお話を伺いました。
堀教諭のご紹介
もともと高等学校採用で理科・化学の教員となった堀先生は、大学卒業後すぐに兵庫県の学校に勤務した後に、地元大分の教員採用試験に合格し、現在は大分県立盲学校に勤務しています。ICTを活用し始めたのは10年前で、iPod touchに授業のプリントを入れてプロジェクターで投影するところからスタートしたそうです。
堀先生:はじめは資料を投影すると板書をしなくていいし、生徒もわかりやすいし、時間を短縮する目的で活用していました。今は生徒が一人一台タブレットを持っていて色々なアプリも使えるので、見えない・聞きづらい・手を挙げて発言しづらいという生徒にきめ細かく対応しようと思って活用しています。
現在は、投影では小さくて見えなかった文字をタブレットで拡大して見ることができたり、生徒が発言しにくいことをMetaMoJiClassRoom(授業支援システム)のデータに書き込んで伝えてもらったりすることが可能になりました。一人ひとりの細かい要望や性格に合わせた対応がICT活用を通してできるようになったと堀先生は言います。
盲学校には全盲や弱視の幼児児童生徒が通っているので、文字の拡大や音声読み上げ機能がついているタブレット導入は非常に相性が良く、生徒全員が同じ学習の機会を得られるようになったそうです。
個別最適な学びや働き方改革のためのICT
どのような願いをもってICTを活用しているのでしょうか。
堀先生:生徒のニーズにきめ細かく応えられるように意識しています。みんな同時に場所を選ばずに、家でも学校でも同じ学習ができることが実現できました。
アクセシビリティの高いiPadのおかげで、一人ひとりの生徒へのきめ細やかな対応ができるようになったのだそうです。
堀先生:私たち教員側への想いもあります。過去に10年ほど育児短時間勤務をしていたことがあったのですが、時間内に仕事が終わらないことに悩んでいました。それを解決するのがICTです。
短時間勤務の中で授業の準備やテスト作り、採点、生徒とのコミュニケーションなどをすべてこなそうとしても、従来の働き方ではできないと思った堀先生は、ICTを活用することでそれを解決しようと努力されたのだそうです。ICTの活用は、生徒たちの個別最適な学びと教員の働き方改革に役立つツールであることを多くの教員が実感することが重要だと言います。
生徒の感性が垣間見えるICT活用授業
理科の分野でICTが役立った具体例はどのようなことがあるのでしょうか。
堀先生:実験結果についてフォーマットを与えずにグラフにさせたことがとてもおもしろかったです。最初は綺麗なグラフにならないのですが、手取り足取り教えなくても、生徒自身で試行錯誤して最終的には正しいグラフの種類を選択し、軸の範囲を調整した綺麗なグラフを作っていました。
生徒は自分たちでしっかりと考察する時間をつくり、グラフ作成を通して、教えられなくても自分で答えを導き出す力を養ったのです。
堀先生:実験結果を動画にまとめて提出することもおもしろかったです。それぞれ自分の操作スキルを活かした動画を作っていました。
実験を動画にまとめる作業は一人でできることなので、誰もがきちんと自分と向き合って作業をしており、動画の中で魅せるポイントなども作っていて感心することもあったそうです。生徒一人一人の感性が見られる興味深い授業だったと言います。
生徒の本当の姿がICTを通じて見える
ICT活用を通じて生徒たちにはどのような変化が見られたのでしょうか。
堀先生:変化というよりも生徒の本当の姿が見えるようになったと思います。普段はクールな返答しかしない男の子が、ICTの中ではすごく可愛い吹き出し付きの明るいコメントを入れてくれていたり、ポップな動画を作ってくれたりするのです。これがこの子の本当の姿なのだと思いました。
生徒の心理面では、実際に自分の性格や考えを表に出すことが苦手な生徒もICTを通じて本当にやりたいことや話したいことを素直に表現してくれるようになったと堀先生は言います。それを教員側が受け取ることによって、より親密なコミュニケーションがとれるようになったのです。成長したのではなく、本来持っていたクリエイティブな感性が解き放たれる瞬間を見ることができるのがとても嬉しいそうです。
堀先生:学習面では自信を持つ子が多くなりました。生徒が過去に作ったポートフォリオを見直すことで、「これ私が作ったの!?結構すごいじゃん!」と自分の作ったものに驚きつつも、自信を持つことができています。
自信を持った生徒たちは作った作品を他の人にも見てもらいたいという想いが出てきて、先生や親に積極的に授業で作った作品を見せるようになったそうです。学習プリントではできなかったことが、ICTの活用によってできるようになったのです。
ICTは楽しい!ということを感じてほしい
教員がICT活用指導力を高めるために必要なことはどんなことなのでしょうか。
堀先生:教員がICTの機能を研修で学ぶことも大切ですが、使い込んでICTの便利さや楽しさを感じることが一番大切だと思います。
普段から周りの教員仲間に「この機能を使ったらとても便利だった。」「このアプリを使ったら生徒がこんな思いがけない反応をした。」などのフィードバックをしているという堀先生。
ICTを活用することで、その先にある生徒の反応を得ることや自身の業務効率化ができることが「嬉しい!楽しい!」ということを感じることができれば、もっとICT活用を積極的にする教員が増えるのかもしれません。
教員の中でもICTの得意不得意があり、積極的に取り組める人とそうでない人に分かれます。大分県だけに限らず、ICT活用指導能力を底上げするためには、ICT活用の先にある楽しさを感じてくれる教員が増えることが大切だと言います。
組織のICT活用を牽引するリーダーになる
積極的にICTを活用している堀先生に、今後挑戦していきたいことについてお伺いしました。
堀先生:今は個人的におもしろいと思ってICT活用指導をしていますが、組織の1人としてICT活用指導能力を向上させられる人材になりたいです。
堀先生は令和5年度に独立行政法人教職員支援機構が実施した「学校教育の情報化指導者養成研修」に参加されたそうです。自らがICTリーダーとして組織のICT活用を牽引していく存在になることを目指して積極的に行動をしています。
堀先生:若い世代の教員の方はICT活用への苦手意識が少ないと思います。若い内から、職場の中で、効果的なICT活用について積極的に牽引してほしいです。また、授業支援システムは授業での効果的なICT活用を支える重要なシステムだと思います。県内のどの学校にも授業支援システムが整備されれば良いと思います。できれば、同じシステムだと人事異動にも対応できます。
現在は、すべての学校が授業支援システムを導入しているわけではなく、学校によって使えるシステムが違ったり、導入されてなかったりします。ある授業支援システムを徹底的に活用できるようになった教員が、次に赴任した学校では同じシステムが使用できない場合は、すごくもったいないと感じるそうです。
ICT活用指導力の向上を牽引するリーダーとなる教員を増やすには、このような環境整備にも取り組んでいく必要があるのかもしれないと堀先生は言っていました。
まとめ
ICTを積極的に活用することで生徒の本当の姿が見られるようになったことを何より嬉しそうにお話しされている堀先生を見て、ICT活用指導の本当の意味はアプリの理解や操作方法の熟知ではなく、その先に見える生徒が本来持つクリエイティビティを引き出す喜びを感じられることなのだと感じました。
デジタル技術の習得には得手不得手があると思いますが、生徒も教員も効果的にICTを活用するために必要な考え方のひとつが、堀先生の言う「ICTのおもしろさを伝える」ということなのかもしれません。