ICT推進のために校長(学校CIO)ができることとは? ~ビジョンを示し、行動し続ける環校長の軌跡~
- 所属・役職
- 校長
- 学校名
- 中津市立中津中学校
中津市のICT推進者が校長に。学校の”長”としてどのような役割を担うのか?
ICT活用が進められる学校教育の現場において、校長(学校CIO)はどのような役割を担っているのでしょうか。今回は中津市立中津中学校の校長である環昌典先生にお話を伺いました。これまで学校教育の現場だけでなく中津市教育委員会でも情報担当の指導主事を経験し、ICT推進に寄与されてきた環先生。校長となった時に何を重要に考え、何を実行しているのか紹介していきましょう。
環先生のご紹介。教育現場だけでなく教育委員会でも情報教育を担当
まずは自己紹介をお願いできますでしょうか。これまでICT教育とどんなふうに関わってきたかもぜひ教えてください。
環先生:中津市立中津中学校で校長をしている環昌典です。現校に赴任してまだ1年目です。初めて校長になったのは令和元年で、中津市立今津中学校でした。その後、中津市立豊陽中学校の校長を経て現在に至ります。
自分自身とICT教育との関わりが特に強まったのは、中津市教育委員会で情報教育の担当として勤務した時期ですね。平成20年からの5年間になります。その間に校務用パソコンの整備や、校務支援システムの導入、センターサーバーの基本構想等、様々なことを経験させてもらいました。
ICT教育について考え始めたのは、もう少し前からになります。平成14年から中津市立豊陽中学校で情報教育担当をすることになりました。そこで学校ホームページを作ったり、コンピュータリテラシーの授業を担当したりしました。1つ1つ知識を付けていき、情報機器を活用した教育体制について必然的に考えるようになっていきました。
校長の役割とは?ICT活用のビジョンを示す
GIGAスクール構想を推進するにあたって、中学校の校長はどのような役割を担っていくべきだとお考えでしょうか?
環先生:校長は学校の情報化を推進する学校CIOという立場でもあります。校長(学校CIO)としての役割の1つに学校経営のビジョンを示すことがあります。年度初めに職員をはじめ、保護者の方や地域の方に学校経営のビジョンを発表します。そこにICT活用や情報活用能力の育成について盛り込み、先生方及び生徒達の認識に落とし込んでいくことが大切だと思っています。どのような教育をするか、生徒達にとっては自分達がどう成長していくかのイメージに、タブレットなど様々なツールを使いこなす姿を反映させる1つのきっかけになるでしょう。
先生方との話し合いや会議の際にもICT活用の目的を繰り返し伝えるなど、日々の運営を通して教育の情報化の優先度の高さを訴えていくことも重要です。10年先の未来に生徒達が社会で活躍できる力を育てることを、先生方に意識してもらえるようにしたいと思っています。変化し続けるこの社会を考えれば、テクノロジーを楽しみながら使いこなすリテラシーの育成は必須だと考えます。
教育委員会など学校の運営を支える組織が、学校のICT環境整備のためにどれだけ予算を割り当てるかも重要です。かつて教育委員会で情報教育担当をしていた私の経験からもそれは強く感じますね。
校長としてもできることはあります。「学校には基本的に予算がない」と諦めずに、校長として、教育委員会に対して、システム導入の働きかけや情報提供をしていくことは重要だと思います。かつて教頭として勤務していた時のことですが、採点補助システムの存在を知り、中津市教育委員会に相談し、検証校として勤務校に導入できた経験があります。採点の時間が3分の1に短縮されるだけでなく、問題ごとの正答率がわかり、成績の分析ができます。かなり評判が良かったですね。現在では、中津市のどの中学校でも採点補助システムを使える状況にあります。現場の管理職としての行動は導入のきっかけの1つになっていたと思えます。
私の経験で言うと、推進する立場の者が本気で理想をもち、行動していけば、少しずつ周りも変わってきてくれます。無理だと諦めずに、できることをこつこつと続けていくことが大きな変化に結びついていくのだと思います。
配布、共有、調べる。授業のあらゆる面で活用されるICT
学校ではどのような形でICTが活用されているのでしょうか?授業での使われ方など具体的に教えていただけるとうれしいです。
環先生:主にロイロノート・スクールという授業支援システムを活用しています。資料の配布や考えの共有、成果物等の提出に便利な機能があります。生徒はシステム内の思考ツールに自分の考えを書き込んだり、スクリーンに映したりして発表します。授業の最後の振り返りやまとめをシステム内で作成して提出することも日常的に行っています。
ICTを活用することで生徒達が授業を作る傾向が高まってきていると思います。これまでだとプリント1枚の資料をクラスのみんなに見てもらうには、印刷し、配布していました。ICTを活用することで、瞬時に資料をスクリーンに映したり、端末に共有したりすることができます。先生方が説明するよりも、クラスメイトが発表する方が生徒達の集中度は高まります。全校集会でも生徒会長の話は盛り上がります。それと同じことです。生徒達は、ICTの力を借りながら、相互に授業を作りあげていきます。ICTの活用で、学びへの意欲も高まっていると思います。
他にも『NHK for School』などの学校教育向けの動画配信サイトの10分ほどの動画を活用して学習の理解を促したり、インターネットで自ら調べ、まとめる時間を設けたり、AIドリルを活用したりしています。
先生方の業務におけるICT活用で言うと、様々な資料をデジタル化して共有することが増えてきました。環境や予算のことを考えると、ICT活用によるペーパーレス化はよいことで、ここ数年で急速に進んだように思います。
学校でも家でもタブレットを使うことを当たり前にしていく
子どもたちの情報活用能力や先生方のICT活用指導能力を高めるためには、どのようなことが大切だと考えていますか?
環先生:子どもたちの情報活用能力の育成のためには、日常の授業の中で先生方がいかにICTを活用するかがポイントだと思います。むやみやたらにというわけではなく、意図的、計画的に活用する必要があると思います。
タブレットの導入当初は授業が始まるタイミングで保管庫からタブレットを取り出し、休み時間には保管庫に戻すようにして活用していた学校が多かったと思います。休み時間にタブレットが机に出ていることで、トラブルが起きることを恐れたからです。しかし、1日の中で、何度も保管庫から出し入れするのは大変なことなのです。タブレットを文房具のように使うのであれば、机の中に入れておくことが自然ですよね。
まずは、朝学校に来たらタブレットを保管庫から取り出し、戻すのは帰宅するタイミングにしようと提案しました。自然とそうなる位にタブレットを活用していこうと呼びかけました。
授業での活用頻度が増えてくると、学びの連続性を確保するために、端末の家庭への持ち帰りの必然性が生まれてきます。タブレットが本格的に導入されて3年が経とうとしています。活用頻度の高まった現在では、下校の際にタブレットを家へ持ち帰ることを促しています。AIドリルや宿題へのタブレットの活用など、学校でも家でもタブレットを使うことを当たり前にしていく必要があると考えています。「まずは保管庫から手元へ」「授業での日常的な活用へ」「家庭へのタブレットの持ち帰りによる学びの連続性の確保」という3つの段階を意識しながら、教育の情報化を推進しています。
先生方は、最初の手間を厭わずどんどんICTを使ってみることですね。どんなツールであっても慣れるのには時間がかかり、不便だとか手間だという風に感じてしまうものですが、必ず慣れます。例えば、最初に紹介した採点補助システムに関しても同じことがいえます。慣れてくれば採点の時間を3分の1にまで短縮してくれるシステムなのです。使い方を覚えること自体が面倒だから使わないという考え方は、損だとは思いませんか。変化の最初にある波は日常の業務に追われる先生方にとって決して楽なものではないでしょう。しかし、この変化を乗り越えた向こうに業務改善の実感があり、時代にあった効果的な教育の実現があるはずなのです。
授業が自分の意見を言うことができる場に変わってきている
授業でも頻繁にタブレットが活用されるようになったことがわかりました。ハード面でいえば学校教育の変化は明確です。では、ソフト面ではいかがでしょうか?学びの内容や生徒と教師の関係性という面で、変化や成長はありましたか?
環先生:ICTを使うようになって先生方と生徒達の関係性は変化してきているように思います。ICTによって生徒達が自分の考えを発表することが容易になりました。先生の話を聞く時間が減り、生徒たちが自分の考えを表現する時間が増えました。生徒が、授業に主体的に参加し、よりよい授業を創造することの楽しさを感じていると思います。
コミュニケーションを取るのが苦手な生徒もタブレット端末とスクリーンを活用することで発表すること自体のハードルが下がりました。その場で1から10まで説明をしなくても、作成した図を含む資料を使って伝えることができます。スライド資料の作成アプリ、動画作成アプリなどを使いこなす生徒達の応用力には先生方も驚かされることが多いようです。発表によって周りから認められる経験は、生徒達にとって何物にも変え難いものでしょう。
また周囲から認められる姿も以前に比べると多様化しました。これまでは、部活で活躍していて明るくおしゃべり上手というキャラクターが人気者の典型的な姿だったように思います。今では動画編集のスペシャリスト、プレゼンマスター、キーボードをスピーディーに打てるキャラクターなど、情報化が進んだ学校ならではの特技が認められるようになり、自己存在感を高めるきっかけにもなっていると思います。
先生方に関して言うならば『教員だから教えないといけない』という意識がいい意味で変化してきているように思います。ICTを使いこなす能力に関しては、生徒達の方が高いというケースが多くあります。
例えば先日、ある生徒がすごく上手なデジタルイラストを描いてきました。特別絵が上手な生徒ではなかったので「これ、どうやって描いたの?」と聞いてみると、別のイメージをトレースして描いたのだと教えてくれました。「そうか、トレースして描くと絵の技術を積み重ねなくてもこんな絵が描けるのか。」と驚きをその生徒にも共有する。生徒にとって、この経験は作り出す喜びであり、共有し教える体験にもなっています。
先生が生徒を前にわからないから教えてということは、恥ずかしいことではありません。変化し続ける現状と目の前にいる生徒たちの能力を受け入れ、時代の変化からも生徒からも学んでいくという姿勢が先生にとって大切なことだと思います。
お話を伺って
「何か意見や質問がある人、手を挙げて」と先生に呼びかけられた時に、目の前のノートにはたくさん文字が並んでいるのに勇気がなく手を挙げられず、ただ下を向く。このような経験があるのは私だけではないはずです。タブレットの活用によって下を向いた生徒達の視線の先にある考えが先生にシェアされ、埋もれてしまった意見が発表されるきっかけになっている。このような授業が行われているのだと知り、驚きました。
特に人気者のキャラクターが多様化しているというエピソードが印象的でした。学びをシェアすることによって繋がりが生まれ、自分の居場所ができたり、新しい自分の個性を発見したりできる。変化する今から未来を想像し、教育の情報化を力強く推進することで生徒たちの未来が広がっていくのだと感じました。
ICT活用による教育の情報化の推進を、その先にある価値を信じ力強く進めている中津市立中津中学校の環校長先生。県内には様々な立場で、教育の情報化を推進するが他にもたくさんいらっしゃるのだと思います。これからもそうした方々の話を伺い、伝えていこうと思います。