玖珠町から全国へ 玖珠町の教育の情報化 ~ 未来を創る人材育成 ~
- 所属・役職
- 玖珠町教育委員会 GIGAスクール推進室 主任
大分県玖珠郡玖珠町は大分県中西部に位置する人口1.5万人ほどの町です。玖珠町は、教育の情報化を「子どもたちにどうなってほしいか」を重視しながら推進しているそうです。また、玖珠町では学校現場の先生に教育の情報化や情報活用能力の育成を任せるだけではなく、教育委員会も子どもたちと関わりながら、積極的にICTを活用した教育に取り組んでいるようです。今回は、玖珠町教育委員会のGIGAスクール推進室の平川さんに、教育委員会の取り組みについてお話を伺いました。
平川さんのご紹介
平川さんは玖珠町出身、玖珠町育ちで玖珠町役場の行政職員です。玖珠町教育委員会に配属後は、教育の情報化の事業に携わっており、玖珠町ならではの情報活用能力の育成・ICTの活用を積極的に進めてきたそうです。また、平川さんは、玖珠町立くす星翔中学校の開校やGIGAスクール構想のスタートなど、大きな変化の中で、玖珠町の教育と子どもたちのために力を尽くしてきたそうです。
全国に先駆けて始めた玖珠町ジュニアICTリーダー事業
玖珠町教育委員会のGIGAスクール推進室では、どのような取り組みをされているのでしょうか。
平川さん:GIGAスクール推進室は玖珠町の郷土愛の醸成と情報活用能力の育成を掛け合わせた取り組みを行っています。全国的にGIGAスクール構想がスタートした中、「玖珠町ならではの情報活用能力の育成・ICT活用」を全国に発信しており、玖珠町の特色を活かした、玖珠町でしかできない教育を進めていくことに挑戦し続けています。ICTの活用を教職員に全て任せることには限界があると考えています。現場の教職員の方々はとても忙しいのです。玖珠町教育委員会では、教職員をサポートしつつ、教育委員会の職員もICTを活用した教育を実際に、子どもたちと関わりながら、推進していこうと様々な事業を実施しています。代表的な事業としては、玖珠町ジュニアICTリーダー事業があげられます。
玖珠町ジュニアICTリーダー事業とは、どのような取り組みなのでしょうか。
平川さん:玖珠町教育委員会では、令和3年度から、玖珠町の小学校の高学年から中学生の希望する児童生徒に、ICTの専門家や教育委員会の指導のもと、1人1台端末の活用方法やWebサイト構築のノウハウなどを学ぶ機会を提供し、その子どもたちをジュニアICTリーダーとして任命する事業を行っています。事業のなかで、玖珠町の魅力を発信する公式サイト「玖珠町大百科」の制作に取り組んでおり、地域の魅力を子どもたち自身が発見し発信するというコンセプトは、子どもたちをまちづくりの当事者として育成し、郷土愛の醸成へつなげています。作成したサイトは実際に公開しており、玖珠町役場のHPから見ることができます。
私たちは「子どもを子ども扱いしない」ということを大切にしています。玖珠町ジュニアICTリーダー事業に参加している子どもたちには、事業の中で学んだ情報活用能力を学校に持ち帰って、友だちや教員に、広めていくことを期待しており、事業で学んだスキルを学校現場にフィードバックするというスキームを使って、教員の負担を減らすことや、教員と子どもが教え合う風土の醸成につなげたいと考えています。
玖珠町ジュニアICTリーダー育成事業は、現在3年目を迎えています。この取り組みが令和4年度に日本ICT教育アワードで表彰されたこともあり、現在(令和5年度)では、全国で16自治体が同様の事業を始めています。玖珠町は小さな町なのですが、全国的に注目をされるICTを活用した教育を推進しているモデルの自治体となることができたのです。
玖珠町の当事者意識を持ったICTの活用
玖珠町は「学校における教育の情報化の実態等に関する調査(文部科学省)」の結果で教員のICT活用指導力が非常に高い結果が出ています。令和4年度の調査結果では、全体的な結果(※)として、国のICT活用指導力の平均値が約83%、大分県全体の平均値が86%に対して、玖珠町の平均値は約97%という結果でした。玖珠町の教員のICT活用指導力の平均値が高い理由について教えてください。
※文部科学省が毎年行う「学校における教育の情報化の実態等に関する調査」の内、教員のICT活用指導力の「A:教材研究・指導の準備・評価・校務などにICTを活用する能力」「B:授業にICTを活用して指導する能力」「C:児童・生徒のICT活用を指導する能力」「D:情報活用の基盤となる知識や態度について指導する能力」の4項目の質問に対して、「できる」若しくは「ややできる」と肯定的に回答した教員の割合。
平川さん:玖珠町の教員の主体性と努力のたまものだと思います。ICTを活用した教育に力を入れる理由は「文部科学省が言っているから」とか、「県や町の教育委員会が言っているから」という「やらされ感」ではよくないと思います。教員のICT活用指導力は、教員の主体性によって、ICTを活用した教育に力が入り、高まっていくものだと思います。教育委員会の役割として、まずは、教員の主体性を支える環境を作っていくことですよね。そして、一緒に玖珠町の教育を創りあげていくという伴走支援は欠かせないと思います。教員の皆さんがICTが教育にとって有効なツールであることを実感した時に、主体性は生まれるものだと思います。
国や大分県全体としては、大体の自治体が令和3年1~4月頃に1人1台端末の導入となったのですが、玖珠町はそれよりも半年ほど早い令和2年9月に1人1台端末の配備を完了させました。こうした背景には、平成31年4月に開校した玖珠町立くす星翔中学校の存在がありました。玖珠町はGIGAスクール構想以前から、教育の情報化に取り組んでおり、くす星翔中学校には、校内20カ所にデジタルサイネージを備え、10Gbpsで校内ネットワークを構築するなど、いずれ来るであろう教育の情報化の大きな波に備えていました。その後、すぐにGIGAスクール構想が打ち出され、新型コロナウイルスが流行し、オンライン学習を行う必然性がありました。世界中で教育の情報化の大きな波が来て、一気に進みましたが、玖珠町としては、それなりの準備や心構えができていたため、すぐに教育の情報化を進めることができたのです。令和7年度には大学共通テストに「情報」が新設される予定になっているなど、これからも「これまでの当たり前」が大きく変化していくことでしょう。さらなる教育の情報化に向けて、気を緩めることなく力を入れていかなければなりません。
教職員向けのICT研修は、玖珠町独自で教職員のニーズやレベルを意識しながら実施しています。年度が始まって早々の管理職研修に始まり、新任、赴任者のクラウドを活用した教育の研修や、学期ごとの教職員研修などで、教育の情報化の必要性や、国や玖珠町が目指す教育のマインドセットを行うなど、町としてICTを活用した教育を推進していくという姿勢を示し続けています。また町が企画して教職員と一緒に先進地を視察するなど、現状にとどまるのではなく、日々学びに向かう力を高めて、よりよい学習機会を創出しようと取り組んでいます。
「玖珠町の未来を創る人材育成会議」という有識者や町民、教職員で構成する50人ほどの会議の立ち上げたことも大きな意味がありました。どのようなICT機器をどのように活用すれば、玖珠町の未来につながる人材が育つのか議論をし、玖珠町の自然や歴史と一人一台端末をベストミックスし玖珠町版のGIGAスクール構想を推進していくことにしました。「玖珠町の未来を創る人材育成会議」の参加者全員が当事者となって話し合い、決まったことを力強く実行していくことができました。この会議には玖珠町の教職員も多く参加しており、現場で子どもと関わる教職員が玖珠町の未来を自分ごととして参加していたことも、玖珠町の教員全体のICT活用指導力が高まることにつながった理由だと思います。
子どもから教わるというICT活用指導力と環境作り
平川さんは、玖珠町教育委員会の職員として、学校訪問も行い、教員のICTを活用した授業を見ているそうですね。平川さんが教員や子どもたちのICTの活用方法を見てどのように感じているのでしょうか。
平川さん:最初の頃は、多くの教員が情報機器を使うことに慣れていない様子でした。活用しているとしても、「従来の一斉授業のスタイルに情報機器を追加しているだけ」という感じでした。まずは、玖珠町が主催する教職員研修や普段の校務の中でたくさん1人1台端末を使って慣れてもらうようにしました。教員の方々は、校務の中で、ICTの便利な部分に気づいていきました。それらの気づきから、学習者主体の学びや、個別最適な学びにしていくための授業改善につながっていったのだと思います。
玖珠町の教員は子どもたちと同じ1人1台端末であるChromebookを使って、時間や場所を選ばずに週案や日報を共同で作成しています。また、教職員間の連絡ツールとして、玖珠町の全教職員が繋がることができるチャットスペースを活用しています。普段の校務での活用を推進することで、教職員を誰一人取り残すことのないように、教育の情報化を実現していくこととしています。Chromebookがノートや筆記用具と同じ役割であることを認識してもらうことが大切だと思います。今では会議や研修にChromebookだけを持って参加するという方が多くなりましたよ。
嬉しいことに、今では教員の方々から教育委員会に対し、「特定のアプリやソフトを入れてほしい!それがないと授業ができない!」という要望ではなく、「ICTを活用して、あれもしたい!これもしたい!こんな授業がしたい!」といった主体性のある具体的な提案が増えてきています。配備した端末の授業活用について、主体的にアイデアを出してくれるのです。玖珠町教育委員会としては、本当に嬉しいことです。
玖珠町ジュニアICTリーダー育成事業を実施している目的のひとつに、「ジュニアICTリーダーの学びを他の子どもや教員に広げていくこと」があります。Chromebookの活用について詳しくなり、情報活用能力が高まったジュニアICTリーダーは、その学びを各学校で広げていってくれます。教員の方々も、ジュニアICTリーダーが何を学び、どのようなことができるようになっているのか質問したくなりますよね。教員のICT活用指導力は、その名の通り、教員が子どもにICTの使い方を指導する能力のことですが、教員が子どもからICTの活用方法を学ぼうとする姿勢も立派なICT活用指導力だと思います。
子どもたちの情報活用能力は非常に高く、Chromebookを使ってできることを次々と発見していきます。教員がこうした子どもたちの能力に注目し、「すごいね。」「今のどのようにしたのかな。」「先生にも教えて。」といった言葉をかけることはとても大切なことです。子どもの自己肯定感は高まり、情報活用能力を伸ばす立派な指導の声かけとなります。ICT活用に自信をもった玖珠町のジュニアICTリーダーたちの存在が、「ほめ上手・聞き上手・学び上手」な教員のICT活用指導力を高めているともいえます。
玖珠町から大分県全体のICT活用指導能力の向上へ
玖珠町全体の教育の情報化を伴走支援してきた玖珠町教育委員会の平川さんに、現在、課題に感じていることや、今後、挑戦していきたいことについてお話を伺いました。
平川さん:玖珠町では、子どもも教職員もChromebookを使っています。教職員については、市町村をまたぐ人事異動があります。市町村をまたぐ人事異動で玖珠町に赴任する場合ですと、教職員の方々がこれまでに使ってきた指導者用端末の種類が違うことがほとんどです。前に勤務していた自治体が配備していた端末がChromebookではないことが前提で、玖珠町の学校に転入してきた教員にはクラウドや玖珠町の進める教育について研修を受けてもらうようにしています。
もちろん、自治体ごとに使っている端末の種類が違うことは、全国的にもあることなので、端末の種類が違うこと自体が、今は課題というわけではありません。私が今、課題と感じていることは、「GIGAスクール構想」自体の理解度や、標準的に備わっている汎用的なクラウドサービスの活用や理解についての教職員や地域の格差です。簡単に言えば、クラウドを理解し活用を習慣にすること、当たり前のように活用することが、全国でもそうですが、特に大分県では、大きな課題といえると思います。玖珠町が子どもたちや教職員の端末として、Chromebookを導入している理由は、クラウド利用が前提であり、クラウドとの親和性が高いことや、その汎用性の高さにあります。
アプリや専用の授業支援ソフトがなくても、教育に必要なツールは標準で備わっており、その使い方で、「個別最適な学び」や「協働的な学び」の充実、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につなげることができます。管理の面でも、セットアップやアップデートなどの労力やコストは圧倒的に少ないことも特徴のひとつです。また、クラウド上で一括管理しているので、仮に端末が授業中に壊れたとしても、代わりの別の端末から自分のIDでログインすれば、瞬時に、直前まで使っていた状態になり、授業が止まりません。
タブレットと違い、キーボードが備わっている端末であるため、将来、必要なスキルであるキータイピングも自然と使っていく中で備わります。積極的にタイピング大会やタイピングの練習に取り組んでおり、大人をはるかに凌駕するタイピングスキルの小学生がたくさんいます。タイピングスキルについては、学習の基盤となる情報活用能力として、欠かすことができない点だと考えており、玖珠町の子どもたちに着実に身についているスキルのひとつといえます。
Chromebookはクラウドを使うことが前提の端末です。クラウド活用を前提とした文書作成ソフト・表計算ソフト・プレゼンテーションソフトなどを利用することで、複数人と同時に編集することができたり、共有したりすることができます。また、作業したファイルについては、クラウド上に自動的に保存されているため、編集の途中でデータが消えてしまうこともありません。このようにChromebookを使っている玖珠町の子どもたちや教職員は、クラウドを当たり前に活用しており、メリット、デメリットを理解した上で、校務や授業の改善を学校現場主導で行うようにもなりました。
子どもを子ども扱いせずに、専用の授業支援ソフトなどをあつらえるのではなく、大人が使うもの(クラウド)を通じて、社会に出て通用するスキルや考え方を義務教育の段階から、自然と身につけてほしいと考えていますし、そんな子どもたちが活躍する未来はすぐ近くまで来ています。
授業における情報機器の効果的な活用や、校務での汎用的なクラウドサービスの活用した教職員の働き方改革については、玖珠町から県内外へどんどん発信していきたいと思います。子どもたちや教職員の今後のことを考えると、使いやすい授業支援アプリの導入や運用に頼るのではなく、クラウドを正しく理解し、活用する習慣を身につけていくことが必要だと感じています。
昔はICTといえばどうしても都会のイメージがありましたよね。今は、自然豊かな玖珠町でもICTを活用して様々なことができていますし、玖珠町のような自然豊かな場所でしかできない教育もあります。この恵まれた自然環境と最先端のICTを活用した教育をベストミックスして、郷土愛と情報活用能力を身につけた子どもたちの夢はどんどん広がっていくと思います。玖珠町の子どもたちが、世界で注目されるようなクリエイティブな発信を行い、世界を牽引するリーダーになっていく姿を想像しながら働いています。
まとめ
今回は、玖珠町教育委員会のGIGAスクール推進室の平川さんにお話を伺いました。まさに「Global and Innovation Gateway for All (全ての子どもたちのためのグローバルで革新的な入り口)」というお話だったと思います。今後さらに、情報通信技術は進化していくことでしょう。玖珠町のように郷土愛とICTを掛け合わせた教育に力を入れる自治体が増えれば、ICTを活用した学び方や働き方の選択肢の存在感が増していきます。大好きな地元に「残る」や「戻ってくる」という人も増えていくことでしょう。また、玖珠町出身者でなくても、玖珠町の美しい自然や美味しい食品に魅力を感じ、移住を決める方もいるかもしれません。平川さんのお話を聞き、玖珠町の魅力として「ICTを活用した教育」が加わったように思いました。