大分県立大分舞鶴高等学校

サルの利き手に関する研究 ~高崎山ニホンザルの前肢行動発達に及ぼす餌付けの影響~

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大分県立大分舞鶴高等学校

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レポート・論文

研究の概要

餌付けされたニホンザルは、野生個体には見られない行動をすることが知られている。私たちは、高崎山ニホンザル群の前肢の使い方に注目し、採餌行動やグルーミング行動などにおいて優位に使用する手(利き手)の有無を検討した。行動分析の結果、高崎山群のサルは、単純な動作では先天的に使いやすい側の手を頻繁に使うが、複雑な動作では左右の手を同様に使って効率的に行動していることが分かった。さらに、複雑な動作を必要とする石遊び行動では、それらを可能にするために先天的な利き手がさらに発達していることが分かった。これらの利き手に関する行動発達は、餌付けの影響によるものと考えられた。

生徒のアウトプット

実践の背景
高崎山ニホンザル群では、餌付けの影響によって「石遊び」や「人慣れ」などの野生のサルにはない行動がみられる。採餌行動の観察によると、1歳児は片手で撒き餌のコムギを拾っていたが、大人ザルは両手を交互に使って素早くコムギを拾っていた。ヒトが小さなコムギの粒を拾う場合は利き手を使うと考えられることから、サルに利き手があるのか疑問に思い、サルの前肢の使い方に餌付けがどのように影響しているのかを研究することにした。
利き手とは、一般には、動物が前肢を使って行動する際に生得的に優先する手をもつことであるが、近年の脳科学では、片方の手をよく使用することによって、その手の動作に関わる脳がより発達するとされている。
サルの利き手に関する先行研究である伊谷(1957)によると、餌を拾う手の調査において使用頻度の高い方を利き手としたところ、高崎山のサルは左利き36%、右利き20%とあり、左利きが多い。また、徳田(1967)のサルにピーナッツを投げ与える実験によると、左利き41%、右利き20%と左利きが多い。両者とも、両手を使うサルが報告されていた。
本研究の調査対象である高崎山に生息するB群とC群には、餌撒き場に滞在している間、30分毎にコムギが、1日に1回サツマイモが与えられている。また、高い位置に設置されたピーナッツを取るサルの身体能力を観光客に見せるイベントが1日1回、特定の雄ザルで行われている。なお、本研究では、森林内の行動観察は困難であったため、高崎山自然動物園のサル寄せ場内で調査を行うことにした。
調査・研究内容
採餌行動における利き手調査

1.ピーナッツ取り行動
(1)目的
サルが高い位置に設置された殻付きピーナッツを跳躍して掴み取る際の左右の手を調査した。
(2)方法 
地上160㎝の位置にピーナッツを設置し、その真下にサルを誘導し、跳躍してピーナッツを掴んだ手の左右を記録した。
調査対象は、個体識別が可能な雄7個体とした。  
(3)結果
 7個体中5個体で、片方の手のみを使用した。他の2個体も片方の手をよく使う傾向が見られた。                                              
(4)考察
使用する手が片方に偏っていたことから、サルはピーナッツ取り行動では利き手を使うと考えた。

2.コムギ拾い行動
(1)目的
高崎山自然動物園では、30分毎に行われるコムギの餌撒きの際に、サルは両手を交互に動かして小さなコムギ粒を急いで拾っている。前肢を器用に使う必要がある採餌行動における利き手調査を行った。
(2)方法
調査1.コムギ拾い行動における利き手調査
コムギ拾い行動の際に最初に出した手を利き手と定義し、1個体につき10回、利き手調査を行った。利き手の傾向は、側性係数を用いて分析した。調査対象は、大人雌32個体と1歳児36個体とした。
<側性係数(LQ)について>
側性係数とは、本来、複数の行動から調査個体の利き手の程度を求めるために用いられる指標で、個体の利き手の程度を表す数値のことをいう。本研究では調査対象の行動に対して複数回の調査を行い、側性係数を応用して、利き手の有無を分析した。
側性係数が100に近い場合は右利き、‐100に近い場合は左利きの傾向が強いことを示す。また、0に近い場合は、両手を同様に使うことを示している。

調査2.片手拾い・両手拾いのコムギ拾い速度の比較
①大人ザルと1歳児を対象として、片手拾いの個体と両手拾いの個体のコムギ拾い速度(個/秒)を調査した。
②片手拾いと両手拾いの両方を行うB群大人雌フタエを追跡調査し、同一個体におけるコムギ拾い速度の比較を行った。
(3)結果 
 コムギ拾いにおいては、明確な利き手は見られなかった。また、コムギを拾う速度は、両手を使う場合の方が速いことが分かった。
調査2.片手拾い・両手拾いのコムギ拾い速度比較
片手速度 (7回調査)  1.2個/秒
両手速度 (5回調査)  2.2個/秒
(4)考察
 高崎群には毎日7~8回コムギが与えられている。より多くの餌を拾うことは、サルが生きていくために重要であるので、効率よく餌を拾うための前肢の行動発達がおこり、利き手と反対の手も器用に使えるようになったと考えた。

3.イモ拾い行動
(1)目的
サツマイモの餌撒き時には、サルがリアカーを追いかけながら落ちたイモを拾っている。調査では、落ちているイモを拾う場合とリアカーから落ちてくるイモを素早く拾う場合の利き手調査を行った。
(2)方法
調査1.落ちているイモを拾う手調査
イモ撒きリアカーの移動経路の左右から、サルのイモを拾う様子を撮影した。撮影した映像を分析して、サルが1本目のイモを拾う手を調査した。
調査2.リアカーから落ちるイモを拾う手調査 
イモ撒きリアカーにビデオカメラを設置し、リアカーから落ちてくるイモを拾う様子を撮影し、同様にサルが1本目のイモを拾う手を分析した。
(3)結果
 地面に落ちているイモを拾う単純な行動では、左手を使ってイモを拾う個体が多かった。しかし、リアカーから落ちてくるイモを素早く拾う行動では、左右の手に有意な差が見られなかった。そこで、サルがイモに近づく方向とイモをとる手の左右の関係を調査すると、左右の手を同様に使っていることが分かった。
調査1. 落ちているイモを拾う手の左右調査
調査2. リアカーから落ちるイモを拾う手の調査
(4)考察
 サルのイモ拾い行動においては、拾いやすいイモは利き手を使い、拾う動作が難しくなるとその場の状況に合わせて左右の手を同様に使い分けてイモを拾うと考えられた。

グルーミング行動における利き手調査
ニホンザルのグルーミングとは、片方の手で毛を掻き分け、もう片方の手でシラミなどを摘まみ取る毛づくろい行動のことである。大分舞鶴高校科学部(2015)の先行研究によると、高崎山群は餌付けされることによって野生群よりもグルーミングを長時間行うことができるようになり、大きな群れの維持が可能になったことが分かっている。前肢をよく使うグルーミング行動における利き手調査を行った。

1.シラミを摘まむ手調査
(1)方法
サル寄せ場内でグルーミングをしている個体を観察し、最初にシラミを摘まむ手の左右を調査した。
(2)結果
 シラミを摘まむ手は、左手と右手がほぼ同じ割合であった。
(3)考察
 この結果からは、左利きの個体と右利きの個体がほぼ同じ数存在するのか、各個体が右手と左手を同程度で使うのかが分からなかった。

2.側性係数を用いたグルーミングの利き手分析
前述の疑問を解決するために、各個体を追跡調査して、測性係数を用いて左右の手の偏りを分析した。
(1)方法
追跡調査を行い、グルーミングをする際にシラミを摘まむ手の左右を各個体連続10回記録した。コムギ拾い調査と同様に測性係数を用いて分析した。
(2)結果
 グルーミングは両手を同程度に使っていた。
2-3歳児と大人のグルーミングの側性係数(n=21)
(3)考察
 サルは、グルーミングを行う際に右手と左手を同程度で使っていることが分かった。

3.かき分ける手と毛並みの関係
グルーミングに優先して使う手がないとすると、サルは使用する手をどのように決めているのだろうか。グルーミング相手の毛並みと毛を掻き分ける手の関係を調べることにした。
(1)方法
個体を追跡し、グルーミング相手の毛並みの向きと、毛をかき分ける手の左右を年齢別に調査した。また、グルーミングを開始する際に相手に近づく方向に偏りがあるのかを調査した。
(2)結果
 サルは、毛の流れの上流側の手で毛をかき分け、反対の手でシラミを摘まんでいた。
また、相手に近づく方向とグルーミング開始時の位置関係は偏りが見られず、サルは自分の好む方向から相手に近づいていないことがわかった。
(3)グルーミング行動における利き手の考察
グルーミングをする際に優先する手がなければ、相手の体の向きに合わせて回り込む非効率な動作を行う必要がなく、同じ方向から毛並みに対応したグルーミングを行うことが可能である。高崎山のサルは、親和的行動であるグルーミングを長時間行うために両手のはたらきを進化させたと考えた。

石遊び行動における利き手調査
(1)目的
 餌付けされたニホンザルだけが行うと言われている「石遊び行動」は、前肢を器用に使う行動である。高崎山群のイモ撒き直後の石遊びでは、片手にイモを持ちながら反対の手で石遊びを行う非常に複雑な行動を行っている。イモを食べながら行う石遊びの利き手を調査した。
(2)調査方法
調査1.ながら石遊びの利き手調査
 イモ撒き後、サル寄せ場周辺で片手にイモを持って石遊びを行っている全個体を調査対象とし、石遊びの行動内容と石遊びに使用する手を調査した。
調査2.石遊びの追跡調査
 イモ撒き直後に、イモを片手に持ち石遊びを行う大人雌を追跡調査し、石遊びを行う手を調査した。
(3)結果
調査1.ながら石遊びの利き手調査
大人ザルでは、右手を使って石遊びを行う個体が多かった。
調査2.石遊びの追跡調査
大人雌では、イモを食べながら常に同じ側の手を使って石遊びをすることが分かった。また、イモを食べ終わった後も、同じ側の手で石遊びをしていた。
(4)考察
大人ザルは、片方の手にイモを持って食べながら利き手を使って石遊びすることが分かった。高度な前肢の動作を行う場合は、先天的な利き手がさらに発達すると考えられた。
結論
高崎山に生息するニホンザルは、単純な行動では使いやすい方の手を優先して使用するが、コムギ拾いやグルーミングなどの前肢を効率的に使う必要のある行動では、両手を同程度に使用するため利き手は見られない。また、石遊び行動では、左右の手の使い方に専門性が必要となるため、複雑な作業を可能にする先天的利き手がさらに発達している。これらの行動変化は、高崎山群のサルが餌付けされたために起こった行動発達であると考えられた。
今後の課題
サルの利き手の研究から、ヒトは前肢の機能を獲得して以来、様々な行動に合った専門的な左右の手を進化させ、それぞれの手が専門的に動くことによりさらに複雑で総合的な前肢の機能が発達したと考えた。ヒトが利き手をもつ意味を解明することによって、現在ヒトが手で使用している道具をより効率的に改良することができると考えている。

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