大分県立大分舞鶴高等学校
雄ザルの子ザルに対するグルーミング行動の要因 ~高崎山にイクメンザルはいるのか~
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学校・学年
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高等学校
大分県立大分舞鶴高等学校
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発表形式
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レポート・論文
研究の概要
今年度、高崎山自然動物園で子ザルにグルーミングをする雄ザルが見られるようになり、「イクメンザル出現」と話題になった。しかし、これまでの調査では雄ザルが子ザルに対してグルーミングを行うことは稀で、雄ザルの行動が育児行動であるかは明らかではなかった。そこで、この雄ザルの行動変化の要因を明らかにすべく、高崎山B群を個体識別することによって追跡調査を行い、グルーミングに関わる行動の分析を行った。その結果、雄ザルのグルーミング行動は母ザルが子ザルに行うグルーミングとは異なること、高崎山B群のグルーミング行動の増加は石遊び行動の減少が要因であることが分かった。高崎山群の雄ザルの子ザルに対するグルーミングは育児行動ではなかった。
生徒のアウトプット
- 実践の背景
- 大分市の高崎山自然動物園には、60年以上続いている餌付けの影響により、600頭を超えるニホンザルの群れが生息している。本校では、2010年より餌付けされたニホンザルの行動変化に係る研究を行ってきたが、今年4月の予備調査において、子ザルにグルーミングする雄ザルを発見した。さらに、その雄ザルが「イクメンザル」と称されてテレビのニュースやインターネットのブログで話題になっていた。ニホンザルの群れにおける雄ザルの役割は、外敵から群れを守ることである。私たちは、雄ザルの子ザルに対するグルーミングが本当に育児行動であるのか、また、なぜ高崎山の雄ザルの行動が変化したのかについて研究することにした。
研究の対象とした「育児行動」とは、動物が生まれてから成体になるまでに行われる親の子に対する栄養的,養護的行動をいう。高崎山群の行動観察の結果から,育児行動を3種類に分類した(表1)。
表1.育児行動の分類
① ニホンザルには 餌の調達、排泄の世話
見られないもの
② 母ザルしか 授乳
できないもの
③ 母ザル以外でも 体の清潔維持、スキンシップ、
できるもの 体温保持、安全確保
本研究では、雄ザルでも可能な③の「体の清潔の維持」や「スキンシップ」の際に行われるグルーミング行動に注目し、雄ザルのグルーミングが子ザルの体の清潔の維持に効果があること、または、親子の関係形成に役立つことを検証することにした。 - 調査・研究内容
- 高崎山ニホンザル群の行動調査
1.サルのグルーミング(毛づくろい)について
グルーミングとは、ニホンザルの場合,片方の手で毛をかき分け、もう片方の手で体表についたシラミなどをつまんで食べる行動をいう。本研究では先行研究に倣って、グルーミングをする方の個体を「グルーマー」、される方の個体を「グルーミー」と呼ぶ。グルーミングは本来、寄生虫を駆除するための衛生的行動であるが、ニホンザルの群れにおいては非血縁個体間の親和的関係形成の役割を持つ。さらに,予備調査によって、グルーミングの開始時に催促行動が行われることが明らかになった。
2.調査個体について
本研究の観察対象とするため、B群上位の雄ザルの15個体の個体識別カードを作成した。複数のサルの中から特定の個体を見分けることを可能にすることによって,長時間の追跡行動調査を実施できた。また,雌ザルについては,名前のついている優位な5個体と0~1歳の子を持つ雌ザルに個体番号を付けて追跡調査を行った。
3.グルーミング行動調査
(1) 目的
雄ザルと雌ザルの子ザルに対するグルーミング行動の違いを分析した。
(2) 方法
①グルーミング時間調査 (フォーカルサンプリング)
長時間特定の個体を追跡して行動調査を行った。調査内容は,グルーミング行動の継続時間、グルーマー・グルーミー、相手個体の情報(雌雄・年齢等),採餌行動の時間、その他の行動(移動・寝るなどのグルーミング以外の行動)の時間とした。
②グルーミングを行う部位調査(フォーカルサンプリング)
①と同様に個体追跡調査を行い、グルーミングをしているからだの部位を調査した(図2)
③グルーミングの頻度と相手調査(スキャンサンプリング)
群れ全体のグルーミングの頻度を調べるために、30分間隔で行われる餌撒きの間に5分間隔でスキャンサンプリングを行い、グルーミングをしている個体数とその相手個体の調査を行った。
④子ザルの行動調査(フォーカルサンプリング)
0~5歳の子ザルを①と同様に追跡調査した。
⑤母ザルの行動調査(フォーカルサンプリング)
母ザルの子ザルへのグルーミング行動の特徴を明らかにするために、①と同様に子を持つ雌ザルの追跡調査を行った。
⑥雄ザルの行動調査(フォーカルサンプリング)
雄ザルの子ザルへのグルーミング行動の母ザルとの違いを明らかにするために、①と同様に雄ザルの追跡調査を行った。 - 結論
- 結果
①グルーミング時間調査
雄ザルはグルーミングされる時間が長く、雌ザルはグルーミングする時間が長いことが分かった。
②グルーミングを行う部位調査
雄雌とも最も多くグルーミングをしていたのは背中であった。しかし、雌雄でグルーミングを行う部位に有意差があり、雌は体全体をグルーミングしていることが分かった。
③グルーミングの頻度と相手調査(スキャンサンプリング)
雌は子ザルをよくグルーミングし、子ザルはよく雌からグルーミングされていた。
④子ザルの行動調査
子ザルは、普段は母ザルや姉妹ザルとともに行動していた。グルーミングは1歳頃から行うようになり、相手は行動を共にする血縁関係の母ザルや姉妹ザルであった。2歳になると、子ザルは周囲にいる子ザルとグルーミングをするようになった。雄ザルが子ザルに関わることはなかった。
⑤母ザルの行動調査
生活時間における子ザルに対するグルーミング時間が長く、グルーミング1バウトの時間も長かった。また、雌ザル同士のグルーミングでは頻繁に交替が行われていたが、子ザルとグルーミングを交替して行うことはなかった。
⑥雄ザルの行動調査
子ザルによくグルーミングする個体と子ザルからよくグルーミングされる個体がいた。
また、この調査では、数頭の雄ザルの子ザルに対する異常な行動を観察することができた。
グルーミング行動と石遊び行動の関係
(1) 目的
本校のニホンザルの行動研究は9年目になるが、今年度の調査結果をこれまでのものと比較すると、ニホンザルの行動に変化が起きていると考えられた。そこで、2012年の「石遊び行動調査」と2014年の「グルーミング行動調査」を現在の調査結果と比較し、今年度注目している雄ザルの行動変化の原因を探ることにした。
(2)方法
高崎山のサル寄せ場を5エリアに分け、餌撒き直後からの30分間、5分間隔で6回のスキャンサンプリングを行って、各エリアの総個体数とグルーミングしている個体数を記録した。なお、調査方法は2014年の先行研究と同様とした。また、石遊び行動についても同様に調査し、2012年の結果と比較した。
(3) 結果
①グルーミング行動について
2014年の調査では、餌撒き15分後にピーク時間が見られたが、2018年の調査では、餌撒き直前と直後も行われており、ピーク時間がなかった。
②石遊び行動について
2012年の調査では、餌撒きの5分後にピーク時間が見られたが、2018年の調査ではピーク時間がなく、石遊びはほとんど行われていなかった。
日本モンキーセンターにおける行動調査
(1)目的
高崎山ニホンザルと他の霊長類の子ザルに対する行動とグルーミング行動を比較した。
(2)方法
日本モンキーセンターにおいて、アヌビスヒヒ、チンパンジー、マンドリルの行動調査を行った。
(3)結果
観察した3種類の霊長類は、グルーミングに関わる時間がニホンザルより短く、雄ザルは子ザルに対してはほとんど関わっていなかった。
全体の考察
本来、サルの群れにおける雄の役割は群れを守ることであり、育児は雌の役割である。日本モンキーセンターでニホンザルと同じオナガザル科の雄ザルの行動調査を行ったが、育児行動は見られなかった。
高崎山B群を対象とした行動調査では、雄ザルの子ザルに対するグルーミング行動が多く観察された。この行動では、グルーミングの前に子ザルから雄ザルに近づいていくことが多く、母ザルのグルーミング行動と比較すると、頻度や交替の有無、子ザルの様子などが異なることがわかった。また、普段ほとんど子ザルと関わらない雄ザルが0~1歳児にグルーミングをしている行動を観察した。この行動には、子ザルの年齢が低いことや雄ザルからの一方的なグルーミングであること等の特徴があった。さらに、雄ザルのグルーミングが終わると、子ザルは母ザルを捜し、母ザルは子ザルを抱きに来ていた。
B群全体のグルーミング行動の頻度を調査すると、本校の2014年調査の結果と大きく異なることもわかった。サル寄せ場において餌撒き時間の合間に見られていたグルーミング行動のピーク時間がなくなり、餌撒き直後から高い頻度でグルーミングが行われていた。最近のB群の行動変化のひとつである「石遊び行動の減少」との関係を調べるために、石遊び行動の頻度調査を行って2012年の先行研究と比較すると、餌撒き直後に行われていた石遊び行動が、激減していることがわかった。グルーミング行動の増加している時間帯と石遊び行動が減少している時間が等しいことから、B群の石遊び行動はグルーミング行動に置き換わったと考えられた。
結論
雄ザルが子ザルに対して行うクルーミング行動の要因は2つある。ひとつは、子ザルが雄ザルに近づいて行われるグルーミング行動の場合で、雄ザルからグルーミングされることによって子ザルは上位の雄ザルとの関係を形成し、群れの中で優位に立とうとするためである。もうひとつは、雄ザルの異常行動による場合で、餌付けによって生じたストレスの影響で、石遊び行動と同様に頻繁に手を使うグルーミングを子ザル相手にするためである。それらの行動は、母ザルが子ザルに対して行う育児行動とは異なっており、高崎山の雄ザルは「イクメンザル」ではないと考えられた。 - 今後の課題
- 「高崎山のイクメンザル」のニュースのように、人間が野生生物を観察するとき、人間社会を投影して見ることがある。しかし、野生生物と人間のトラブルの解決には、私たち人間が野生生物の生態を正しく理解し、彼らの生存環境を保護していくことが必要である。餌付けによって、高崎山には森林の生産量を超えた1300頭のサルが現在生息している。餌付けは、「人慣れ」や「石遊び行動」など、ニホンザルの行動を変化させており、本研究が対象とした雄ザルのグルーミング行動も、その一つであると考えられる。私たちは、これからも餌付けによって増えすぎた高崎山ニホンザル群の行動変化を研究し、人間と野生生物の関わり方について考えていきたい。
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